船戸優里裁判まとめ【まさかの控訴】 船戸雄大から「キックがいっぱいある」

東京都目黒区で2018年3月、両親に虐待された船戸結愛(ゆあ)ちゃん(当時5歳)が死亡した事件の裁判員裁判が開かれている。裁判員裁判2日目の9月4日、船戸優里の夫・船戸雄大被告(34歳)の供述調書が読み上げられ、結愛ちゃんへのあまりに悲惨な暴行の様子が明らかになりました。

 

船戸優里被告(27)の2日目の裁判員裁判に於いて、夫・船戸雄大被告(34)の供述調書が読み上げられました。その後、結愛ちゃんが死亡する直前の状態について、船戸雄大被告は

  • 「私が顔面を何度も殴った後、結愛は布団で横たわっていてスープなども吐いてしまう状態だった」
  • 「4、5日は立たせて引っ張るとヨタヨタ動いていたが、動けなくなった」
  • 「水に泥が混じったような液体を吐いたが、病院に行けば発覚してしまうと思った」

と供述したということです。

 

また、9月3日に開かれた裁判員裁判初日にも、結愛ちゃんが過ごしたあまりに異常な家庭内の環境が明らかにされていた。

 

検察側の調べや弁護側の説明によると、結愛ちゃんの部屋には大量の貼り紙があったという。

その貼り紙には「あさおきてからすること」と題し

  • 「めざましどけいをはやくとめる」
  • 「いきがくるしくなるまでうんどうをする」
  • 「たいじゅうをはかる」

などの約束事が多数書かれていた。「いきがくるしくなるまでうんどうをする」とは、一体どういうことなのだろうか。

 

加えて5歳児の結愛ちゃんには到底困難な、「かけ算の九九」「時計の読み方を練習する」といった約束もあり、その貼り紙の中には結愛ちゃんの血痕が残る貼り紙もあったとのこと…

 

また、死亡する直前に残した結愛ちゃんの手紙には、「きのうパパにおこられたこと」として「べんきょうをおしえてもらったのにおれいをいわなかった」と記されていた。さらにこのノートにはどれだけ酷い暴力を受けても父母である船戸優里と船戸雄大に対して精一杯応えようとする結愛ちゃんの気持ちも記されていた。

「いっしょうけんめいやってパパとママにみせるぞってきもちで えいえいおー」

と。

 

また検察は香川県の医療機関の診療記録も発表。その中で結愛ちゃんが医師に対して「こないだパパにおなかをキックされたよ。仕事が休みの日にキックがいっぱいある。」と話していたことも明らかになった。

 

あまりに残酷な船戸雄大被告の虐待、それでも必死に応えようとする健気な結愛ちゃんの姿を思うと涙が止まらない…

 

船戸雄大裁判

船戸雄大 お前が泣くな!裁判まとめ 懲役13年判決「チャート図」を作って結愛ちゃんの生活を指示

2019年10月1日

 

船戸優里 裁判3日目「母親は夫に従っていた」

 

9月5日に開かれた3日目の裁判で、事件発覚前に結愛ちゃんを診察した香川県の女性医師が「母親は夫に従っていた」と証言しました。

また、医師は「当時の結愛ちゃんの体重は平均の範囲内で、引っ越す直前は表情も明るかった」とも証言。

 

その一方、「優里被告は自己評価が低く、夫の雄大被告の考えに従っていて、夫婦の力関係は悪かった」とも。そして「結愛ちゃんは母親が好きだったと思います。すごく助けてほしかったと思います。結愛ちゃんを助けられるのはお母さんしかいませんでした。なんとか守ってほしかった」とも話をしました。

 

被告人質問は5日午後1時30分から始まり、船戸優里被告は法廷の場で涙ながらに「ごめんなさいと謝り続けるしかない」と語った。これまで夫に洗脳されていたと主張し、夫である雄大被告と結愛ちゃんのことを悪く言うやり取りもしていたが、これは果たして、どちらが真実の船戸優里の姿なのか…。

 

また、夫である船戸雄大被告からのDVの様子も明らかにしました。その反面、船戸優里被告は夫からDVを受けているという認識はなかったとも語っています。夫の目を恐れ、結愛ちゃんを抱きしめることもできなくなってしまったという船戸優里被告。さらに、夫に離婚を切り出していたとも話しました。

 

船戸優里被告は、初めて雄大被告が結愛ちゃんに暴力を振るっているのを目にした時のことについて「結愛のおなかを蹴っていた。止められなかった。体と口が動かなかった」と涙ながらに語った。

 

また、連日のように数時間にも渡って雄大被告から説教を受けていたという船戸優里被告は「『俺は仕事で忙しいのに、お前らのために怒っている。ありがたいと思え』と言われた」と話した。

 

夫・雄大被告から受けていたDVについては入籍直後から始まったと。「お前のために怒っている、ありがたいと思え」と言われたと語りました。

 

またこれまでは、ほとんどうつむきがちで、涙を見せる場面も多かった船戸優里被告ですが、被告人質問が弁護側から検察側に移ると少し様子が変わった。

検察側の質問に対しては「分からない」と繰り返す場面が多く見られ、16時頃から始まった検察側による被告人質問では、優里被告が「それはどういう意味ですか」と逆に質問するような場面も見られた。その口調はこれまでと一変、ハキハキとしている印象を受けた。

 

最後に検察側は船戸優里被告の裁判での証言が、これまでの調書と大きく異なると主張しました。このため、当初の予定を変更して被告人質問の時間を延長したいと裁判長に要請していた。

 

船戸優里 裁判4日目

 

2019年9月6日に開かれた裁判4日目。優里被告らが東京に引っ越してからの状況について検察側から質問があいりました。結愛ちゃんが激しい暴行を受けて亡くなるまでの数日間になぜ病院に連れて行かなかったのかと聞かれると、優里被告は「あざが見つかると、雄大と私が逮捕されると思ったから」と話しました。

 

また、亡くなる前日に船戸優里被告が痩せこけた結愛ちゃんをお風呂に入れた時の話について聞かれると、「死んでしまうとは思わなかった。大丈夫だと思っていた」「雄大に顔のあざがなくなったら病院に行こうと言われた」「結果的には雄大の暴行を容認していた」と話しました。

しかし、雄大被告による暴行など事件の核心について聞かれると、優里被告は「分からない」と繰り返していました。

 

またこの日は船戸優里被告の父親が証人として出廷。午前中は淡々とした様子で質問に答えていた船戸優里被告ですが、父親が自分のことや結愛ちゃんのことを話すと感極まって、「死にたい」などと言って号泣する場面が見られました。

弁護側から結愛ちゃんの葬儀のことについて聞かれた際には「死にたい。結愛のところに行きたい」と絞り出すような声で涙ながらに答えた後、「どうやって罪を償えばいいか分からない」「どうしたらいいか助けてほしいんです」と叫ぶように話しました。

 

質問と優里被告の答えがかみ合わないことも多く、事件から1年半が経った今も優里被告のなかで気持ちの整理ができていないような印象だった。

 

9月9日には優里被告への求刑が言い渡され、すべての審理が終わる予定です。

 

船戸優里被告に懲役11年の求刑

 

2019年9月9日 船戸結愛ちゃんの母親である船戸優里被告に対し、検察側が「両親しか知らない結愛ちゃんが逃げることも助けを求めることもできずに亡くなった結果は重大」として懲役11年を求刑しました。

 

これに対し弁護側は「雄大被告からのDVによって支配され、逆らうことができなかった」とし、懲役5年が相当だと主張。

 

また当の船戸優里被告は「異常なほど結愛のことを愛していたのに、結愛の心も体もボロボロにして死なせてしまったことへの罰はしっかりと受けたいと思います」と延べた。

 

裁判はこの9日を持って結審し、判決は17日に言い渡される予定となっています。

 

2019年9月17日船戸優里被告に懲役8年

 

 

東京地裁(守下実裁判長)は9月17日、「保護責任者遺棄致死罪」に問われた結愛ちゃんの母親船戸優里被告に懲役8年(求刑懲役11年)の判決を言い渡した。

検察側は公判で、「結愛ちゃんの命よりも元夫雄大被告との関係維持を優先した」と指摘。「実家や医療機関に連絡を取るなど、子どもの命を守るという親として最低限の行動すら起こさなかった」とも述べた。

 

船戸優里被告の弁護側は「雄大被告から執拗な心理的DVを受け、逆らうことは困難だった」とし、懲役5年が相当だと訴えていた。

 

9月30日 船戸優里被告まさかの控訴

 

 

 

9月30日、東京地裁の裁判員裁判で懲役8年の判決を言い渡された船戸優里被告が判決を不服として控訴しました。

 

裁判中でも、結愛ちゃんに対する謝罪の意思や、船戸雄大被告の暴力を止めることができなかったことへの後悔なども口にしていたため、この控訴は「まさか」という印象。少し信じ難い。

もしくは、「もっと罪を重くしてくれ」という主張なのだろうか…

 


 

 

結愛ちゃんは、このアパートに引っ越してから亡くなるまでの39日間、ほぼ外出せず部屋の中で過ごしていたという。

結愛ちゃんへの食事については、当初、母親である船戸優里被告が汁物や野菜を与えていた。だが後に、船戸雄大被告が「ダイエット目的」と称して結愛ちゃんへの食事を制限、1日1~2杯の汁物を与えるのみになっていった。

 

また、結愛ちゃんが貼り紙にあった約束事ができないと、船戸雄大被告がたたいたりシャワーを浴びせたりするなど、凄惨な暴行を繰り返した。亡くなる3日前ごろから結愛ちゃんは、嘔吐を繰り返すようになり、身体は肋骨が浮き出るほどやせ細り、肌が乾燥し、足取りもおぼつかなくなっていた。

 

死亡した2018年3月2日、結愛ちゃんは朝から全く力がなく、船戸優里被告が「小学生になったら楽しいことをしようね」と言うと「うん」と返事をしたという。

その後、嘔吐して「おなか痛い」と2度告げ、そのまま布団の上でまぶたを閉じた。それ以降、結愛ちゃんが目を開けることはなかった…

 

結愛ちゃんの遺体の写真を見た小児科医は証人尋問で「病的にやせて骨が目立ち、打撲や傷が多数あった」と証言した。結愛ちゃんは、5才児の平均体重約20キロを大幅に下回る「約12キロ」しかなかった。結愛ちゃんの死因は低栄養と免疫力低下で引き起こされた肺炎による敗血症とされている。

 

船戸雄大・船戸優里に対するみんなの怒り