船戸雄大 お前が泣くな!裁判まとめ 懲役13年判決「チャート図」を作って結愛ちゃんの生活を指示

船戸雄大裁判

2019年10月1日、東京都目黒区で2018年3月に船戸結愛(ゆあ)ちゃん(当時5歳)が死亡した事件について、「保護責任者遺棄致死」と「傷害罪」などに問われた結愛ちゃんの義父、船戸雄大被告(34歳)の裁判員裁判の初公判が、東京地裁で開かれた。裁判長を務めるのは守下実裁判長。

 

10月1日 船戸雄大裁判初日

 

船戸雄大被告は初公判で「結愛さんの体に危険が及んだのを感じたのは3月1日ごろだったと思います。他は間違いありません」などと述べ、起訴内容を大筋で認めた。また、結愛ちゃんの死亡直前まで衰弱に気付かなかったとも述べた。

 

 

検察側は冒頭陳述で「結愛ちゃんに水シャワーを浴びせたり食事制限をしたりしたほか、顔を何回も殴った」と指摘。これに対し、弁護側は「結愛ちゃんが過度に食事を取っていることに気付き、理想の子どもにするために食事制限をした」などと述べ、雄大被告が涙を拭う場面も見られた。

 

10月2日 船戸雄大裁判2日目

 

裁判2日目では、結愛ちゃんが書いたメモが読み上げられた。「おきたじかん3じ55ふん、うんどうしたじかん5じ8ふん」などと、結愛ちゃんが虐待を受けながらも、船戸雄大被告からの厳しい課題をこなした記録を書き残したメモであった。

 

また「きのうパパにおこられたこと。パパがべんきょうをおしえてくれたのにおれいをいわなかった。とけいをごまかそうとしたからべらんだでたたされた」との内容が読み上げられた際には、船戸雄大雄大被告はうつむき目をつぶり、大きく唾をのんで聞いていた。

画像参照元:https://www.youtube.com/watch?v=-rmM8ks1T8c

 

またこの日は、結愛ちゃんの部屋から見つかった船戸雄大被告の書いたメモなどがモニターに映され、検察側が船戸雄大被告が「チャート図」を作って結愛ちゃんに生活に関する指示をしていたことを指摘。

 

メモの中で船戸雄大被告は「結愛、一生懸命」「結愛、ごめんなさい」「結愛、うそ」などから始まる複数のチャート図を書いており、結愛ちゃんに対して生活に関する詳細な指示をしていたとみられます。

 

また、結愛ちゃんが「おねがい、ゆるしてください」などと書き残したメモなどがモニターに映し出されると、初日に続き、雄大被告は頬を紅潮させ、しきりに瞬きをしながら見つめる場面も見られた。

 

10月3日 船戸雄大裁判3日目

 

裁判3日目には一家が2016年から暮らしていた香川県の児童相談所の職員が出廷し証言しました。香川県の児童相談所は、怪我をした状態で自宅外に放置された結愛ちゃんを2度一時保護しています。

元担当者は、1度目の保護中に、

船戸雄大被告は『手をあげたのは悪かったが、全然しつけられていなかった結愛をここまでしつけたのは自分だ』などと、延々と自分の思いをしゃべっていた。

と話しました。

 

また、2度目の保護解除時、つまり結愛ちゃんを雄大被告のもとに帰す際には、

雄大被告が「しつけをしなかった実の父親がとがめられず、自分がとがめられるのは納得できない。児相は親が悪いと思っているだろうが、子どもに問題がある」と話した。

とも証言し、「子どもが悪いと堂々と言うことにあぜんとした」と話しました。

 

また、一時保護されているときの結愛ちゃんの生活態度については「トラブルもなく、困ったことはなかった。」と話しました。

 

裁判3日目には船戸優里被告が証人として出廷

 

画像参照元:https://www.fnn.jp/posts/00048417HDK/201910031931_livenewsit_HDK

 

この日は懲役8年の判決を受けこれを不服とし控訴中の母親・船戸優里被告が証人として出廷した。2018年3月に逮捕されてから約1年半ぶりの対面となる船戸雄大被告と優里被告。法廷では、弁護側の席の前には互いの姿が見えないよう、5メートルほどの青いついたてが置かれ厳重な遮蔽措置が取られた。

 

画像参照元:https://www.fnn.jp/posts/00048417HDK/201910031931_livenewsit_HDK

 

崩れ落ちるように泣きながら刑務官に支えられ入廷した優里被告。その際にはこんな言葉を漏らした。

 

優里被告:こわい…

 

ついたて越しに優里被告の声を聞いた雄大被告は、それまで緩やかに閉じていた目に力が入り、また口元も強く結んだ様子だった。その後、証言台に立った優里被告は雄大被告と結愛ちゃんの関係性について聞かれると、

 

優里被告:最初は雄大ととても仲が良くて、結愛もすごくなついていました。

検察官:香川でその生活がずっと続いた?

優里被告:続かなかった。だんだん結愛に厳しくなってきた。最初に結愛のお腹を蹴っているのを見ました。

 

なぜ雄大被告が結愛ちゃんに対して厳しくなっていたのか?と、その理由を問われた優里被告は次のように証言した。

 

優里被告:結愛にはとても賢いエピソードがあり、この子は賢いと褒められて、そこからこれもできるあれもできると始まり、しつけに変わっていった。その歯止めがきかなくなったのかなと思います。

裁判長:優里さんは雄大被告の言いなりになっているのはなぜですか?

優里被告:私がバカだからです。

 

優里被告が検察官や裁判長とのやり取りをしているこの間、雄大被告は膝に額をつけるほど顔を伏せたり、顔をくしゃくしゃにして泣きながら証言を聞いていた。そして、その雄大被告との今後の関係について問われた優里被告は…

 

優里被告:結愛のことも息子のことも私一人だけじゃ二人を守れないけど、助けてくれる人がいるので、もう結愛と息子には近づかないでほしいです。

 

声を震わせながらも雄大被告との決別の思いを伝えるように語気を強め答えた。優里被告は休廷に入った際「うそついてないもん、私!」と声を荒らげて泣きながら法廷を後にする姿も見られた。

 

10月4日 船戸雄大裁判4日目

 

10月4日の被告人質問で雄大被告は「私が親になろうとしてごめんなさい」と涙ながらに後悔を語り、結愛ちゃんが残したメモについても胸の内を明かした。

 

弁護側:船戸さんの理想の家族はどんな家族でしたか?

雄大被告:明るく笑顔が多い家族です

弁護側:子供の理想はどのようなものでしたか?

雄大被告:友達が多くて明るく、女の子なので、かわいい子でした

 

結愛ちゃんの虐待死をめぐる裁判の被告人質問で、この日、理想の家族像を語った雄大被告。また結婚当初に抱いていた不安についても明かした。

 

弁護側:プレッシャーはありましたか?

雄大被告:ものすごく大きかったです。いろいろな面から親としての責任を感じていました。将来、結愛が大丈夫かという不安です。自分も父親代わりになれるか不安でした。大きな不安があって、結婚前から周りから“血がつながっていないことが悪い”と思われるんじゃないかという不安が強かったです

 

結愛ちゃんにとっても母子家庭ではなく両親がそろっていた方がいいとし、優里被告との結婚を考えたという雄大被告。暮らし始めた当初は、勉強や食事など父親として、結愛ちゃんへのしつけにも力を注いでいたといいう。

しつけの一環として最初の頃は「鬼に食べられる」「お化けが出る」などと言葉をかけていたものの、しつけがうまくいかない苛立ちから手を上げるようになっっていったと話した。

そして結愛ちゃんが死亡する直前の2019年2月下旬の暴行について、雄大被告は「勉強を1人でやらせていて、子供部屋を見に行ったら布団を広げて寝ていました。『なぜ寝ているんだと』厳しい口調で言った。最終的には殴っていくことになりました。両手を使って結愛の顔のどこかを複数回手加減したとも言えない力で殴りました」と語った。

そして、衰弱の末、結愛ちゃんの意識が薄れつつある中での最後のやり取りについて語った。

 

雄大被告:意識を確認するために大きな声で話しました。「グーパーできるか」と大きな声で聞いたところ、ゆっくりですが一度目は聞き取って、ゆっくりグーパーしていました

裁判官:結果的に病院に連れて行かなかったのはなぜですか?

雄大被告:保身という自分個人に対する意味です

裁判官:保身とは?

雄大被告:事件が発覚して、私が虐待した事実にもとづき逮捕され、家族がバラバラになってしまうことです

 

法廷では、雄大被告がひどく泣き崩れる場面もあった。それは、結愛ちゃんに対する気持ちを問われたとき…

 

雄大被告:私が親になろうとしてごめんなさい…そういう気持ちです

 

そして、女性検察官から、結愛ちゃんがつづったあの許しをこうメモについて問われると…

 

検察側:結愛ちゃんが書いたメモを読んでいますよね?どう思いましたか?

雄大被告:あの子の悲しみとか心の痛みがあれじゃ語り尽くせないというか、私の意向で書かせたことが申し訳ないです

検察側:どのくだりに悲しみを感じましたか?

雄大被告:無理やり書かされて、私の機嫌を取るためだけ。そこが一番申し訳ない。情けないです。

 

10月7日 船戸雄大裁判5日目

 

5日目となったこの日、検察側は船戸雄大の虐待について「自己に従わない怒りで虐待し、この上なく悪質」とし、懲役18年を求刑した。一方、弁護側は最終弁論で懲役9年が相当と訴え結審した。

 

検察側は論告で、雄大被告は16年11月ごろに結愛ちゃんに暴力を振るい始め、一家が香川県から目黒区に転居した18年1月23日ごろから苛烈な食事制限をしたと主張。これにより「39日間で体重の約25%を失った」とした。

 

さらに、優里被告に対してのDVについても「説教で共犯者に引き入れ、夫婦で児童相談所の接触も拒否した」と指摘。「2月24~26日には風呂場で10回以上殴打した。27日に『12キロ台はやばい』などと命の危険を感じたのに、病院に連れて行かなかった」とし、「一体子どもを何と思っているのか。結愛ちゃんは逃げることもできず、絶望しかなかった」と厳しく非難した。

 

一方、弁護側は2月下旬にあった暴行については認めつつ、「親であろうという気持ちが根底にあった」と主張。「被告が命の危険を認識したのは(結愛ちゃんが死亡する前日の)3月1日だった」と訴えた。雄大被告は最終意見陳述で、すすり泣きながら「本当に、本当に申し訳ありませんでした」と声を絞り出し、何度も頭を下げた。

 

船戸雄大被告への判決は15日に言い渡されます。

 

10月15日 船戸雄大被告に懲役13年の判決、裁判長は説諭の言葉もかけず

 

10月15日火曜日、保護責任者遺棄致死などの罪に問われていた船戸結愛ちゃんの父親・船戸雄大被告に対し、東京地裁(守下実裁判長)の裁判員裁判は15日、懲役13年(求刑懲役18年)の判決を言い渡した。保護責任者遺棄致死罪の判決としては、16年1月の埼玉県狭山市の3歳女児虐待死事件の母親への懲役13年と並び最も重い判決となった。

 

弁護側は「雄大被告が結愛ちゃんの生命の危険を認識したのは死亡前日。自ら119番通報もしている。死亡するまで放置する最も悪質な部類とは異なる。」として、懲役9年が相当だと主張した。これに対し判決は、「遅くとも2月27日までには認識していた」として主張を退けた。またその上で「虐待は苛烈」「暴行は執拗かつ強度」と認定した。

 

守下裁判長は母親優里被告(懲役8年、控訴中)の公判も担当していた。優里被告に対しては判決後、「結愛ちゃんは戻ってきませんが、こうなってしまったことを裁判が終わってからもしっかり考えて下さい。人生をやり直して下さい」と説諭する場面もあったが、雄大被告には控訴手続きを説明すると「言い渡しを終わります」とだけ語り、説諭の言葉をかけなかった。

 

雄大被告は太ももに両手を置いてうつむいたまま判決を聞き、表情を見せなかった。

 

船戸雄大被告 起訴内容

 

起訴状によると、船戸雄大被告は2018年1月下旬頃からから娘である結愛ちゃんに十分な食事を与えず、また顔や体を殴るなどの暴行を加えた。そして、虐待が発覚するのを恐れて衰弱する結愛ちゃんに医療措置を受けさせず、3月2日に肺炎による敗血症で死亡させたとされています。

 

同じく、保護責任者遺棄致死罪に問われた母親の優里被告(27歳)については、先月17日、東京地裁で懲役8年の判決を言い渡されたが、これを不服として9月30日に控訴していた。

 

船戸雄大被告と優里被告は香川県に住んでいた。2人は2016年4月に結婚し、香川県で生活を始める。結愛ちゃんは優里被告と前夫との間に生まれた娘で、船戸雄大被告は実子となる長男が生まれた2016年11月ごろから結愛ちゃんに暴行を加えるようになった。

 

一家はその後、東京都目黒区へ転居し。2018年1月下旬頃から結愛ちゃんの食事を制限するように。当時、16・66キロあった結愛ちゃんの体重は十分な食事を摂れず、死亡時には12.2キロにまで減っていた。また、結愛ちゃんの外出も制限し、家庭内で暴力を振るっていたとみられ、結愛ちゃんの遺体には170カ所以上の傷やあざがあった。

 

結愛ちゃんが生活していた6畳間からは、結愛ちゃんの字で「ゆるして ゆるしてください」と書かれたノートが見つかっている。優里被告は自身の公判で、雄大被告に怒られるのを防ぐため、結愛ちゃんと一緒に書いていたと証言していた。


船戸優里裁判まとめ【まさかの控訴】 船戸雄大から「キックがいっぱいある」

2019年9月4日

 

船戸雄大の公判が始まる みんなの意見