平岡卓ひき逃げ発覚【ドラレコ動画】しかも飲酒運転!葛城市の山麓線で事故か

平岡卓ひき逃げ

ソチオリンピック・スノーボード男子ハーフパイプの銅メダリストである平岡卓選手が、奈良県で飲酒運転をしひき逃げをし、警察から事情聴取を受けていたことがわかりました。

 

平岡卓選手は、9月29日午前9時55分ごろ、奈良県葛城市新庄の県道で乗用車を運転中に、軽自動車に追突。軽自動車を運転していた40歳の女性にケガを負わせたのにそのまま、現場を立ち去った疑いがあります。

 

 

また、追突された軽自動車はその衝撃で駐車場に突っ込み、その際、歩道などにいた4歳児と30代から40代の男女3人も巻き込まれケガをしました。一歩間違えれば大惨事という状況だと思います。

 

平岡卓選手は事故に関して「酒を飲んで運転しており怖くなった」と容疑を認めているということです。警察は軽自動車を運転していた女性以外の4人にケガを負わせたことについても、平岡選手の刑事責任を問えるか、どうか捜査しているということです。

 

平岡卓選手は奈良県御所市出身のプロスノーボーダーで、2014年開催のソチオリンピックでは、日本勢初となる、銅メダルを獲得するなど活躍があった。昨年の平昌(ピョンチャン)オリンピックでは、出場こそ果たしたものの13位で予選落ちとなっていた。

 

 

平岡卓プロフィール

 

奈良県御所市出身。身長170cm、体重60Kg。御所市立御所小学校、御所市立御所中学校から上宮高等学校を経て2014年4月からは立命館大学スポーツ健康科学部へ進学。

父親がかつてフリースタイルスキーモーグル選手であったことから幼少時よりスキーを始め、小学校1年次の時に家族全員でチャレンジしたスノーボードがきっかけとなり、本格的に競技を始める。

小学校2年次の2004年2月、第22回JSBA全日本スノーボード選手権西日本大会東部地区男子ユース部門で優勝を果たすと、2008年度から全日本スキー連盟、国際スキー連盟公認の公式競技会に本格的に参戦。2009年のJOCジュニアオリンピック優勝を始め、数多くの競技会で好成績を収めて、12歳でプロスノーボーダーとなった。当時高鷲スノーパークでトレーニングを積んだ。

2010-2011シーズンから本格的にFISワールドカップシリーズに参戦すると共に、同年のスノーボードジュニア世界選手権大会(カードローナ/ニュージーランド)で優勝を果たす。翌年(2011年)のジュニア世界選手権(キエーザ・イン・ヴァルマレンコ/イタリア)も連覇している、2月のFIS ワールドカップでは青野令に次いで2位となった。

2012-2013年シーズンにはFISワールドカップ初優勝(ソチ/ロシア)、同年のスノーボード世界選手権(ストーンハム・マウンテンリゾート(英語版)/カナダ)では優勝したユーリ・ポドラドチコフ(スイス)に次いで2位となる。12月、デューツアーで3位となった。

2013-2014シーズンでは初戦のカードローナ(ニュージーランド)で平野歩夢に次いで2位に入り、12月のコッパーマウンテン(アメリカ合衆国)で5位に入ったことから全日本スキー連盟が指定したオリンピック派遣基準を満たして2014年ソチオリンピック日本代表に選出され]。

2014年2月11日(現地時間)、ソチオリンピック・スノーボード男子ハーフパイプに出場し、予選2組では1回目に92.25点を出してショーン・ホワイト(アメリカ)に次いで2位となりダイレクトで決勝へと進出した。その日夜の決勝では1回目こそ45.50点で9位と出遅れたが、2回目でキャブのダブルコーク1080などの技を決めて92.25点を出し、この時点で暫定2位に浮上。その直後に2回目の滑走演技を行った平野が93.50点を出したことにより、平野に抜かれて3位となったものの銅メダルを獲得、この結果、銀メダルの平野と共に日本スノーボード界初となるオリンピックメダルを獲得した、オリンピック直後3月の全米オープンでは準優勝、これに伴いTTRワールドスノーボードツアーのハーフパイプ部門の年間王者となった。

2015年、2月に行われたX Games・ASPENで2位となり自身初のメダルを獲得、3月の全米オープンではソチ五輪金メダリストのユーリ・ポドラドチコフ、X Games二連覇のダニー・デービスらを抑え優勝した。日本人の全米オープン優勝は國母和宏(ハーフパイプ)、角野友基(スロープスタイル)に次ぐ3人目の快挙となった。

2015-16シーズン8月末のFISワールドカップの開幕戦のカードローナ(ニュージーランド)で片山來夢に次ぐ2位になった。その後左足の痛め、デューツアー、LAAX OPEN、X Games ASPEN、X Games OSLOは結果が残せなかったが、3月の全米オープンでは予選を7位で通過、決勝は1本目でショーン・ホワイトに次ぐ2位になったがその後ベン・ファーガソンに抜かれ3位となった。

同年10月、地元楢原に西日本最大級の公営スケートボードパークをオープン。

引用元:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E5%B2%A1%E5%8D%93

 

飲酒運転ひき逃げ事故w起こした平岡卓選手の今後の選手生命は?

 

今回の事故はただの「オカマを掘った」というような交通事故ではありません。飲酒運転だけでも一発で免許停止となるほど厳重な処分があるわけですし、社会人としてもアウトでしょう。

 

さらに事故を起こして逃げたということであれば、飲酒運転の疑惑から逃れようとしたと思われても仕方がありません。実際、平岡卓選手も「酒を飲んで運転しており怖くなった」と容疑を認めています。

 

今回は、事故の被害者も平岡卓選手にも大きなケガがなかったことが不幸中の幸いではありましたが、本当にほんの少しの違いで死者が出ていてもおかしくなかったようにも思います。

 

スポーツ選手も少なからず「イメージ」というものがつきまとう職業ですし、今後スポーツのプロとして生活していくのは、少し厳しいのではないでしょうか?

 

平岡卓選手が飲酒運転・ひき逃げ事故起こした場所

 

 

平岡卓選手が事故を起こしたのは、奈良県葛城市新庄の県道(山麓線)だということです。付近には屋敷山公園や葛城市民体育館や葛城市立新庄中学校などがあります。

 

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